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曾野綾子のプロフィールをWikipediaで見てみると、昭和6年(1931年)生まれ、幼稚園から聖心女学院のお嬢様であり、13歳の時に終戦を迎えている。
戦後の混乱期、貧しく職にも就けず米軍兵士に体を売った女性はたくさんいた。彼女達は商売柄、人目を引く派手で蓮っ葉なスタイルで夜の盛り場に立った(『肉体の門』や『赤線地帯』、『浮き雲』などの映画を見ると、当時の風俗がよくわかる)。
1人で夜道など歩く必要のなかった良家の子女の中には、貧困から体を売るような女性の存在に心を痛め、自分の恵まれた立場が何に依っているのかを考えた人もいたかもしれない。だが曾野綾子の中には、「夜出歩く女は売春婦」「売春婦と思われたらレイプされやすい」という観念が強く残ったようだ。沖縄米軍の女子中学生暴行事件について、「午前1時過ぎに基地の近くを1人で出歩く女性は、性的商売をしていると思われても仕方がない。」の記述から、そんな印象を受けた。
"曾野綾子とミニスカート - Ohnoblog 2 (via otsune)
ダンナの三浦朱門も文化庁長官時代に、「自分はしないけれども、男だから強姦できる体力を維持している」というような発言をして辞任したんじゃなかったかな。
まあ、似たもの夫婦だ。
そうそう、「未必の故意」を「密室の恋」と聞き間違えたのも曽野綾子。まあ、そういう刑法学者が出てくるような席に呼ばれて全く理解できない話でも聞いているのが、曽野綾子のとりえなんだろうが。
(via yurusen)

